地域デザインの旅|毎日飲んでも飽きない美味しさを追求する酒

白菊酒造 廣瀬慶之助さん

茨城県石岡市北部から南東に流れる恋瀬川。かつて交易の街として味噌蔵や酒蔵が並んだことを彷彿させる川沿いに白菊酒造はある。地域の人をはじめ多くの人に愛され続ける白菊の酒。「毎日飲んでいても飽きない美味しさ」を念頭に、「昔から変わらないこと」と「時代に応じた取り組み方」により「万人」に受け入れられる味を追求し続けている。酒づくりへの想いについて白菊酒造 経営者の廣瀬慶之助さんに聞いた。

すぐに実家を継がずに外を見る大切さ

東京の大学を卒業後、大学の先輩が営む小売店で流通の仕事を学んだ。実家は酒蔵ではあったが、当時は不思議と後を継ぎたいという気持ちが強いものではなかった。その後、実家に戻り、仕事をしていく中で、広島の醸造研究所に研修に行った際に、この世界に携わる若きリーダーたちと出会った。様々な酒メーカー、酒蔵の跡取り、大手企業の研究員など、今でも関係が繋がるかけがえのない仲間だ。
実家では「尊厳で偉大な父親」の存在が常にあり、この地域においては「広瀬さんの息子」という自分の立ち位置でしかなかった。そして、外の社会に出て感じたことは「自分はまだ父親の掌の上にいるにすぎない」という事実だった。廣瀬さんにとっての転機は、10代から白菊酒造に入社し会社の全てを知る父親の右腕的な存在である柳氏から「自分の知識を継承してほしい」という話をもらったことだった。嬉しい話だった。なぜなら、柳氏は酒造計画、酒税の申告、配達、お得意様へのあいさつ回り、町内会のお祭りでの「白菊」の関わり方など、白菊酒造と地域の繋がりを含め全てを把握する人だったからだ。
地域に根付いた酒づくりを続けて200年以上。「先代たちが受け継いできたのは、その時代、その時代を預かる(地域)社会の歯車としての酒づくりとしての在り方」と、廣瀬さんは言う。

地域に愛され時代に合う酒造り

「自分にしかできない、自分にならできる。そして、地域に愛され時代に合う酒造りをする。」
そのために、廣瀬さんは設備投資や生産者の顔が見える酒米づくりに向け、特定契約農家との提携に着手した。また、人材育成面でも力を入れた。特に、裏方である作り手のモチベーションを上げるために、酒を行政の鑑評会に出し、第3者評価として認められることを積極的に行った。それにより、作り手の向上心を刺激させて、酒づくりに各自が携わることをあらためて自負させ、白菊酒造のつくる酒の市場における立ち位置を意識づけてもらうことに繋がっていった。


杜氏についても地元の若者を積極的に雇用することをはじめた。「現在、白菊酒造で働く杜氏は時代がら、10代より下働きをしながら仕事をしてきた猛者ばかり。その酒づくりへの想い、経験、勘は定量的に図ることは決してできない。だからこそ、地元石岡の若者には昔ながらの杜氏から技術を盗んで肌で感じ感性を磨いてほしい」と、廣瀬さんは強く思っている。廣瀬さん自身も杜氏の下で5年ほど学んだ経験があるからこそ分かることでもあった。

酒づくりの繁忙期は12月~3月。そのため毎年4月、石岡の街が桜で彩られる頃から、廣瀬さんはオフの時間に家族でサイクリング、テニスなどアクティブに時間を過ごすことが多い。冬の間、酒蔵に入る時間が長い分、家族と寛ぐ日常の生活の時間も大切にする。

目指すべき酒造り

「ただ飲んで美味しいというだけでなく、日本酒には、社会の潤滑油としての重要な働き・役割が含まれている。様々なアルコール類が存在する中、最も日本人の気質に合っているのは、やはり日本酒。日本酒ほど長い時間をかけ寛ぎながらじっくりと語り合えるアルコールはないと思うんです。」そう言う廣瀬さんの言葉には、200年を超えて白菊酒造が持ち続けている老舗としての責任感と新しい時代の中でも「人に親しまれる酒」をつくり続ける自信を感じる。

白菊酒造についてはコチラから↓↓
http://www.shiragiku-shuzou.co.jp

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