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いつかは地域活性化に携わることがしたかった!

「昔からいつかは地域活性化に携わることがしたい!」そう思うことがあった。そして、今、山梨県身延町の地域おこし協力隊“第1号”として日々、身延町の住人となって試行錯誤を繰り返しながらブランド大豆である ”あけぼの大豆”の普及推進に勤しんでいる梅澤寛人さん。

現在23歳の梅澤さんは昨年まで都内でコピー機の営業をしていた。日々、販売成績を意識しながら夜は飲み会があったりと多忙で立ち止まる事を良しとされないサラリーマンをしていたある時、歌手でアーティストでもある友人が作った歌の「人との出会いを繫いでいくこと、人生まだまだ長い〜♩」という歌詞から、梅澤さんとして”自分らしく生きていくこと”に気づかされる瞬間があった。それから”自分の人生は自分のスタイルを持って自ら切り開いていきたい”と自分自身に素直に生きていくことを次第に考えることが多くなった。そんな折、その友人が山梨県丹波山村で開催された全国の7つの小さな村が集まるg7サミットのライブにゲスト出演した際の話を聞いて山梨県に興味を持った。インターネットで調べていく中で”地域おこし協力隊”の存在を知り、”人生における自分らしい生き方・自分のスタイル”に繋がるものかもしれないという観点で地域おこし協力隊に関する情報を集め始めた。 

東京 有楽町駅前の交通会館内「ふるさと回帰支援センター」には、ふるさと暮らし、移住定住、I/Uターンなど全国各地の市町村における様々な情報が集約され、定期的に地域おこし協力隊の募集フェア等が開かれている。梅澤さんは丹波山村の地域おこし協力隊の募集がないか探していたところ、偶然、山梨県身延町から地域おこし協力隊の募集のために説明に来ていた身延町役場職員に出会い、身延町のこと、地域おこし協力隊の第1号を募集していること、あけぼの大豆を普及推進するために町全体で取り組んでいることを知った。

話を聞いていく中で、徐々に地域自体の魅力、地域資源の奥深さに惹かれ始めたところに身延町役場職員が「梅澤さん、今度、一緒に毛無山(身延町の山)に登ろうよ!」と気軽に声をかけてくれた。”身延町で働こうよ!ではなく一緒に山を登ろうよ!”という一言。「今思えば、この一言がきっかけだったのかもしれません」と梅澤さんは笑いながら話す。町の受け入れ体制もしっかりしていたことも後押しして「一度きりの人生、楽しくないことより楽しいことに時間を使ってみたい」そんな想いが少しずつ高まっていった。

身延町に着いたその日に初めての身延町の毛無山を登った。初めて出会う身延町の方々と登山していく中でこの町の人の温かさを感じた。当日は、あいにく霧で見えなかったけれどハッキリと富士山の壮大さと身延町の自然を体で感じた梅澤さん。登山を終えて町内を案内してもらう中で”普段、都内では習慣的にどことなく張り詰めた気持ちがある自分自身に対して、不思議と自然体でいられるもの”があった。そして、身延町の雰囲気から地元の群馬県沼田市と共通する”居心地の良さ”を感じた。梅澤さんは現地で地域おこし協力隊の難しさも聞く中で、話をしてくれる人々の熱い想いが自分自身の想いと相まって、身延町で働くことを決意した。

「大切なことは打算的に生きるよりも、自分のスタイルを見つけて、実際に行動していくこと」そう強く感じた梅澤さん。多少、肩に力が入る自分に対して身延町の方が「梅澤くん、地域おこし協力隊を楽しまなきゃダメだよ。自分自身が楽しんでやらないとね!」と言ってくれる。「期待しているよ!」と言われたら200%頑張っていこうと思っていた矢先にかけられた言葉から、身延町らしい”人の良さ”を感じた。

「自分の良さを生かして人と人を繋げ、あけぼの大豆で身延町を元気にしたい!」梅澤さんの想い描く”自分のスタイル”づくりは、任期満了の3年後に向けて少しずつ着実に前進している。

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