適度に「物足りない」状態が豊かな生活に繋がるって?

先月、NHK Eテレ「オイコノミア」で休み方の経済学として、非地位財を地位財にする価値観についての内容がありました。

そもそも、非地位財(ひちいざい)とは、他人と比較しなくても自分にとって価値が変わらないもの(休日日数、健康管理、大気汚染など絶対的なもの)
一方で地位財は、他人と比較することによって自分にとっての価値が異なってくるもの(家、車、収入など人と比べてしまう相対的なもの)

番組とブログでは、ロバート・フランクの論文を元に大阪大学の大竹文雄先生が「地位財は戦争で相手国が軍事増強すると、他の予算を削ってでも対抗せざるを得ない状況と同じ」という解釈を示されました。

一般に「仕事を休む」=上司が理解してくれない、なんとなく休みにくい職場の雰囲気がある、周りが休まない中で休むと目立ってしまう…。そんな職場環境が多い中で、やはり年配層と若年層の世代間で地位財/非地位財が混ざり合っている現状があると考えられます。

50-60代は若い頃から休むことに対してネガティブな印象を持つことを正として持ち、「休まないこと」=「素晴らしいこと」が小学校の皆勤賞をはじめとして社会人になってからの価値観としても染み付いていたりします。昔はそれでも良かったのかもしれません。一方で、若年層はそもそも休みに対してネガティブな印象を持って育っていない。例えば今の20歳はいわゆる「失われた10年」を経験せずに自分のライフスタイルを確立してきているので、休み方自体を他人と比較しなくても自分にとっての価値は変わらないと、考えているのかもしれません。

番組では、人は「地位財」を手に入れるために「非地位財」を犠牲にする。「非地位財(大気汚染、健康や自分の時間など)」を誇れる(地位財化する)ようにしてゆく価値観を手に入れると今よりもっと人生がより豊かになるとして締めくくっていました。

一般的に休日のデザインの方法は、毎週末の休日がルーチン化(昼過ぎまで寝て溜まった洗濯をして掃除して買い物して気づいたら夜…)したり、予定通りに物事がはかどって充実した時間を過ごせたりと、人それぞれ。

休み方改革が謳われる中で大切なのは、会社が「休みの推進」を社員にどのように発信するかではないか?と思えます。単純に積極的な休みを推進することは、社員にどんなライフスタイルに繋がり、豊かで誇れる価値観を持ってもらえるようになるのでしょうか?
本当の意味での休み方改革はきっと、皆が適度に「適度に物足りない」状態(非地位財を誇ることができる(地位財化)ようにしていく価値観)を今以上に享受しないといけないのかもしれません。

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